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« 脱原発は「集団ヒステリー」でしょうか? | トップページ | 大阪府橋下知事の主張に賛成します »

2011年6月16日 (木)

声を上げない東京

今日の夜19時前後
品川駅のホームは人であふれていた

品川駅に到着前
山手線内ではアナウンスが流れた

人身事故が横須賀線内であったようだ

駅に到着すると
すでに降りれる状態ではなかった

降りれないのに
「電車の扉が閉まりま~す」
というアナウンスが流れる

無理してホームに降りるが
一向に前に進まない

そうこうしている間に
すぐ次の山手線が到着する

また人が増える

そしてまた数分後に
山手線が到着する…

これはオカシイ

311の次の日の電車の乗降を思い出した

あの日
みんな寡黙で
ひたすら家路に無事帰れることを願っていた
あの日あの風景――

だけど今日は311とは違うのだ

地震で電車が止まったわけでもなく
停電で電車が動かなくなったわけでもない

横須賀線の人身事故の影響を
品川駅は影響を受けただけだ

だから
電車は止まらずに
ひたすら動き続けた

止まればいいのに動き続けた

しかも
帰宅ラッシュ時だから
電車の本数が数分刻みに
ホームに到着する

そのたびに人があふれ
女性が何度も
「キャー」と悲鳴を上げていた

下手すると
ケガ人が出るかもしれない
大きな事故にもなるかもしれない

それほどの人だかりなのに
アナウンスはまるで

何も知らないかのように
数分刻みの山手線の到着を
繰り返し繰り返し

「電車が到着しま~す」と
伝えている

これはホントにオカシイ

マニュアル通りのアナウンスしか流れていない

駅員のアナウンスには
ホームにあふれかえって悲鳴をあげている客の様子が
まったくわかっていないようだった

ナゼみんな声をあげないのだろう

一体全体
駅員はどこにいるのだろう

ワカラナイ…

きっとホームのどこかにはいたのだと思うけれど
少なくとも
私の視野には入っていなかった



ふと誰かが
「非常用停止ボタンを押してくれたらいいのに」
と言った

そんなものがあるとは知らなかった

でも誰も押さない
押す気配もない

思い切って声を上げてみた
「非常用停止ボタンを押してください」と

そしたら他の誰かも続いて
「非常用停止ボタンおしてください!」と
叫び始めた

また誰かも
「ボタンを押して」と叫んだ

ようやく
「押した!」
そう誰かが答えてくれた

その後も電車は到着し続けた

非常用停止ボタンが機能したのかどうか
何か変化があったかどうか
それはわからない

何の変化も感じることができぬまま
階段をのぼり
なんとか駅から脱出することができた

ふりかえってみて思う

東京は怖い

何が怖いって
みんな黙り過ぎている

これが外国だったら
もっとみんな声を出していただろうと思う

非常用停止ボタンを押した方がいいと
わかっている人がいたら
すぐに声を出しただろうし
すぐに止めただろう

これだけ人であふれかえっているのに
とめどもなく
電車が到着し続ける――

日常が止まらないその風景もまた
とても怖かった

マニュアル通りに
「電車が到着しま~す」という
アナウンスも怖かった

本屋でもセミナーでも
「リーダーシップ」だの
「ロジカルシンキング」だの
「危機管理」だのといったテーマが
あんなにあふれている

なのになぜ
こういう時に
そういったことが活かされないのだろうか…

これじゃ
危機管理ができない日本と言われても
仕方あるまい

こんなんだから
原発事故も収束ができないのだ
そう外国から呆れられても
仕方あるまい

臨機応変
マニュアル依存からの脱皮
発想の転換

それらが日本には欠けているのではないだろうか――

それを今日
品川駅のホームで
まざまざと見せつけられしまった…

もしこれが関西だったら
また事情は違っていたかもしれない

少なくとも東京は
ちょっとでもリズムが崩れると
一気にバランスを失う
とても危うい街だと
痛感した

あまりにも他人事で
寡黙過ぎて
いつか時が経てば収束するだろう――みたいな
そんな空気が強いように感じたのは
私だけだろうか

声を上げない東京
それが一番怖い

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございました

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コメント

世田谷に自宅があります。5月6日の夜、体に異変が起き、7日の朝から関西へ避難しました。定住の準備中です。わたしは関西生まれで20代まで関西。その後西日本の県庁所在地を転々とし、最近東京に住みましたが、東京はどの街とも違う。人間関係がないに等しい。他人に無関心。人の死にも無関心。誰が何をしていようと、何をされていようと、どういう事態が進行しようと、見て見ないふり。怖いです、本当に。異常です。

臼井さま

コメントありがとうございます。
その後体調はいかがでしょうか?

今、東京は難しい局面に立たされていると思います。
無関心であることが、ある意味、東京で生きていく術なのかもしれません…
などと考えたりしていますが、

今回の人災をきっかけに、
東京が新しく生まれ変わることを望んでいます。

体調の異変に耳を澄まし
すぐさま行動を起こされたこと、良かったと思います。

これから暑くなりますので、どうぞご自愛くださいませ。

これは東京じゃなくて「品川」の問題な気もしますが。「品川」にはスーツを着たサラリーマンばっかいるんじゃないですか?例えば(まあそもそも人が集中すること自体なさそうですが)「高円寺」や「浅草」や「自由が丘」では同じ状況にはならないと思いますが、どうでしょう?
駅の構造や地理的特色の違いではなくて、そこに集まる「人種」の違いについての話です(念のため)。
東京と言っても、そこには色々な人種が住んでいると思います。

山田さま

コメントありがとうございます。
確かに高円寺や浅草、自由が丘では、人の密集度も違えば
そこに集う人たちも違うと思います。

ただ「品川」が怖い
というのも違ってくると感じています。

あの日あの時間
品川にいたのはビジネスパーソンだけではなく
買い物帰りのおばさまも
子連れのお母様も
学生服を着た学生もいました。

あの日の出来事を「品川」だけの特別の出来ごととは感じず
何か今の東京が抱えている問題点を浮き彫りにしているような
そんな象徴的なものを感じたので、このような記事を書きました。

「東京」と言っても
感じ方は人それぞれです。
ですからいろいろな人にとっての「東京」があって良いと思います。

東京に住んでいて、最後まで慣れなかったこと。それは「人身事故」「線路への立ち入り」のアナウンスでした。あのアナウンスを聞くたびに、どんな人なのか、男か女か、年齢は? 昨日はどういう気持ちで過ごしたのだろう? どんな家に住んでいるの? この人の家族は今どこにいる? この報せを聞くのはいつ?。。。。などと考えてしまう自分がいた。そして、そんな感想を口にすると、東京にずっと住んでいる友人たちはみんな、なんとも言えない顔をして黙りこんでしまう。まるで、今、原発の話をすると、なんとも言えない顔をして黙りこんでしまう人が多いみたいに。(わたしの周りにはとても多い。だから、原発の話はなかなかできない)

こういうことに無関心でないと、心穏やかでいられない街。だから、できるだけ電車に乗らないようにしていました。「東京という街」ではなく、世田谷の「自分の町」で暮らしていると、快適でした。でも、、、

東京の不気味さに気付いたのは、東京から避難したからかもしれません。そして、東京のお母さんたちが今、我が子を守るために静かに闘っている。それもまた事実ですね。

臼井さま

コメントありがとうございます。

原発にしろ人身事故にしろ
「関心」を持ち続けるって
結構しんどいですよね。
私の周囲でも口を閉ざす人が多くて、とてもショックでした。

でも東京のお母さんたち、ホント、がんばってます。
(お母さんだけじゃなく、お父さん、学生さん、社会人の方々など
がんぱっている方々の存在には励まされました)。
ああ、一人じゃないんだな、って思えて。
嬉しかったです。とても。

距離感が、大事な部分を発見させてくれる
ということは結構あると思うので
臼井さんが日々思いめぐらしていることは、とても貴重なものになるだろうと
私は感じています。

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